12『汐月』は、隣町にある二階建ての小さな和風旅館だ。その地味で入りやすい佇まいは、お忍びで訪れる月子ような客にはありがたかった。そんな旅館の二階の一番奥、そこに『牡丹の間』はあった。この部屋は階段の関係で、他の部屋と壁が接していない離れのような作りになっている。室内は和室の八畳程の居間と、六畳程の寝室。それとバス・トイレだけだ。居間には座椅子と木目の浮き出たテーブル。テーブルには急須と二つの茶碗...