こちら夢の森探偵社
誰かが後を付けている。
「ストーカー?」
そんな気がして、若村エリは立ち止まると後ろを振り返った。
しかし、24時の夢の森商店街を歩く人など誰もいない。
店々のシャッターは閉まり、辺りは深閑とした空気に包まれている。
「気のせい? でも、やっぱり……、やっぱり誰かいる」
消えない不安を胸に、エリは足早に薄暗い商店街を歩き始めた。
こちら夢の森探偵社
1
殺人的な猛暑もヤマを越え、毎日のように見ていた入道雲も、今は秋の空に模様替えの最中だ。
夜ともなればこの街にも、若干の涼しい風が吹き始めていた。
そんな夜中の24時。夢の森駅西口バスターミナルに、2人の女が立っていた。
1人は170センチはある高身長だ。
黒い上下のスーツに身を包み、薄化粧でも判るハッキリとした目鼻立ちは、育ちの良さを伺わせる。
後ろに撫でつけた金色のショートの髪は、ハード系のスプレーで固めたように
”カチッ” としていた。
そんな彼女は、バレリーナのように姿勢良く、”スッ” とその場に立っていた。
そして右手をズボンのポケットに入れ、左手の時計を見た。
その仕草はまるで、フランス映画の一場面を見ているように美しい。
まさに男装の麗人といったところか。
「終バスの時間まではまだ大分あるな、リンダ」
ハスキーではないが、その声は女性にしては低い。
「それってもしかして、歩いた方が早いってコトですか? こんな時間だし、バスで行きましょうよ、エマさん」
リンダと呼ばれた彼女は、エマとは対照的に背が低い。その身長は150センチチョットだろうか。
ローライズのジーンズに、火を吐くドラゴンが描かれた黒いTシャツを着ている。ドラゴンの下には、ヘビーメタルバンド『VIRGIN BEAST』の名前が踊っている。ドラゴンは張り出した大きな胸に、『VIRGIN BEAST』の文字はくびれた腰にピッタリと収まっている。
しかし何と言っても特筆すべきは、首もとで真っ直ぐに切り揃えられた、その赤く染めた髪だろう。それは赤というよりショッキングピンクに近いかもしれない。髪はまだあどけなさを残す顔の輪郭を覆い、隠れた耳からはイヤホンのコードが伸び、ジーンズのポケットに繋がっていた。
何気なくイヤホンを掛け直す指先に、派手なネイルが見え隠れした。
「リンダ。ココから事務所までは十数分で行ける。この街に来てまだ間もない我々は、この街を知るためにも、ここは歩く方が賢明だとは思わないか?」
「全然……」
「君はこの街は初めてだろう。だったら……」
「歩きたくない……」
「あぁ、まったく……、君にも困ったモノだな」
エマと呼ばれた女は、その長い両腕を大げさに広げてみせた。
「ねぇ、エマさん。そのどっかの歌劇団の男役のような仕草としゃべり方、どうにかならないんですか?」
「何を言う。この話し方の何処が不自然だというのだ」
「だからソレが……、まるでミュージカル」
「リンダ、君には判るまい。 ”燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや” だ」
「それに何度も言いますけど、あたし林田ですから、は・や・し・だ。それをリンダって……」
「古今東西、あだ名とは皆そういうモノだ。そうだろう」
エマは横のリンダを見下ろすと、その赤い頭を撫で回した。
その手の下で、頭をグラグラさせながら彼女は ”ボソッ” とつぶやいた。
「ホントは読み間違えたクセに……」
「さぁ、行こうリンダ。我々の新しい城へ……」
「あのう、エマさん。さっきから我々って言ってますけど、あたしたち2人だけですから。それに城って言っても……、事務所……、でしょう」
「んん? なんだ? 言いたいコトがあるのならハッキリ言いたまえ。わたしはそれくらいの度量はあるつもりだよ」
「いえ、別に……。あっ、エマさん。あそこにカフェがありますよ」
リンダは幹線道路の向こうの、夢の森商店街の入口にある、今は明かりの消えたカフェを指差した。
「アマデウスだって、今度行ってみませんか?」
「いずれな。今は城が先だ。目的を見失うなリンダ。行くぞ……」
「はぁ~い……。ホントにいつでもどこでも歌劇団だわ、この人……」
2人は暗いバスターミナルを後にし、夢の森商店街の前を横切っている幹線道路を、左へと歩き始めた。