花散る午後
5
「アマデウス」でタウン誌をもらった数日後、奈津子は自宅でそのタウン誌「夢の森の仲間たち」を広げた。趣味のサークル欄の所に赤い丸がしてある。そこを見ながら携帯のボタンを押した。
「はい。花村でございます」
「あのう、わたくし川村と申しますが……」
奈津子はこのタウン誌を見て連絡をしたこと。そして生け花を習ってみたいことを先方に伝えた。
「そうですか、是非1度いらしてみて下さい。見学も出来ますから」
「はい。そうですか。それでは明日の午後に……よろしくお願いします」
奈津子は日取りを決めると携帯を切った。何か新しいことが起こる予感がした。新しい友達が出来るだけでも良いではないか。
そして当日、膝上のスカートに黒いパンスト、ベージュのロングコートの首に白いマフラーをフワリと巻いて、奈津子は水密流の師範「花村志帆」の家に向かった。
その家は典型的な和風建築だった。白い外壁の上には小さな瓦があり、中を見ることは出来ないが、壁よりも伸びた松葉の緑が白い壁によく映えていた。
正面に回ると、まるで天守閣のような家の造りがよく分かった。
太い柱で作られた門には大きな引き戸があり、柱に取り付けられたインターホンだけが、内と外との唯一の接点のように感じられた。
奈津子はそのインターホンを押した。
中から鍵の開く音がして、大きな引き戸が開けられた。
中から和服姿の女性が現れた。年の頃は30代の後半位だろうか。普段から和服を着ているのだろう。とってつけたような真新しさはそこにはなかった。
「初めまして、川村奈津子です」
「どうぞ、お待ちしていました」
そう言って彼女は奈津子を招き入れると、再び門に鍵をした。
彼女の案内で奈津子は庭伝いに廊下を歩き、10畳程の部屋に通された。
部屋からは庭の池に泳ぐ錦鯉やその回りに植えられた松、紅い実を付けた千両などが見て取れた。全てがバランスよく配置されたそれは、ちょっとした庭園といった趣を持っていた。
目を室内に戻すと、部屋の中央には木目調の低いテーブルが置かれ、天井はやや高く、隣の部屋との境には柱が1本あり、その上に太い鴨居が横たわっていた。柱の両側の襖は閉まっており、隣の部屋を窺い知ることは出来なかった。
部屋には床の間があり、そこに掛かっている掛け軸は、何でも名のある書道家の手による物らしかった。
しかし奈津子の目を一番引いた物は、その掛け軸の前に置かれた、生け花だった。備前焼のような茶色い壺から数本の茎が伸び、放射状に広がって大きな葉を背景に、紅い花と白い花が絶妙なバランスを保って生けられていた。
(あたしもこんな風に生けられるようになるかしら?)
奈津子がそんなことを思っているとき、この教室の師範「花村志帆」が、僅かな衣擦れの音をさせて部屋に入ってきた。
花村志帆の後で襖が音もなく閉められた。
「アマデウス」でタウン誌をもらった数日後、奈津子は自宅でそのタウン誌「夢の森の仲間たち」を広げた。趣味のサークル欄の所に赤い丸がしてある。そこを見ながら携帯のボタンを押した。
「はい。花村でございます」
「あのう、わたくし川村と申しますが……」
奈津子はこのタウン誌を見て連絡をしたこと。そして生け花を習ってみたいことを先方に伝えた。
「そうですか、是非1度いらしてみて下さい。見学も出来ますから」
「はい。そうですか。それでは明日の午後に……よろしくお願いします」
奈津子は日取りを決めると携帯を切った。何か新しいことが起こる予感がした。新しい友達が出来るだけでも良いではないか。
そして当日、膝上のスカートに黒いパンスト、ベージュのロングコートの首に白いマフラーをフワリと巻いて、奈津子は水密流の師範「花村志帆」の家に向かった。
その家は典型的な和風建築だった。白い外壁の上には小さな瓦があり、中を見ることは出来ないが、壁よりも伸びた松葉の緑が白い壁によく映えていた。
正面に回ると、まるで天守閣のような家の造りがよく分かった。
太い柱で作られた門には大きな引き戸があり、柱に取り付けられたインターホンだけが、内と外との唯一の接点のように感じられた。
奈津子はそのインターホンを押した。
中から鍵の開く音がして、大きな引き戸が開けられた。
中から和服姿の女性が現れた。年の頃は30代の後半位だろうか。普段から和服を着ているのだろう。とってつけたような真新しさはそこにはなかった。
「初めまして、川村奈津子です」
「どうぞ、お待ちしていました」
そう言って彼女は奈津子を招き入れると、再び門に鍵をした。
彼女の案内で奈津子は庭伝いに廊下を歩き、10畳程の部屋に通された。
部屋からは庭の池に泳ぐ錦鯉やその回りに植えられた松、紅い実を付けた千両などが見て取れた。全てがバランスよく配置されたそれは、ちょっとした庭園といった趣を持っていた。
目を室内に戻すと、部屋の中央には木目調の低いテーブルが置かれ、天井はやや高く、隣の部屋との境には柱が1本あり、その上に太い鴨居が横たわっていた。柱の両側の襖は閉まっており、隣の部屋を窺い知ることは出来なかった。
部屋には床の間があり、そこに掛かっている掛け軸は、何でも名のある書道家の手による物らしかった。
しかし奈津子の目を一番引いた物は、その掛け軸の前に置かれた、生け花だった。備前焼のような茶色い壺から数本の茎が伸び、放射状に広がって大きな葉を背景に、紅い花と白い花が絶妙なバランスを保って生けられていた。
(あたしもこんな風に生けられるようになるかしら?)
奈津子がそんなことを思っているとき、この教室の師範「花村志帆」が、僅かな衣擦れの音をさせて部屋に入ってきた。
花村志帆の後で襖が音もなく閉められた。