貴婦人とメイド
32 最終回
その日の午後、沙樹は館を後にした。マリアは彼女を駅まで送る事になった。
グレーのスーツの上下に合わせた淡い水色のシャツは、タイは締めずに第二ボタンまでが開いてた。その首には細身のネックレスが揺れている。
「昨日は楽しかったわマリアちゃん。あなたが予想以上に敏感で」
前を見るマリアの横顔が綺麗だった。頬を染めるマリアに沙樹が微笑んだ。
「今度、家にも遊びにいらっしゃい。もちろん泊まりがけよ」
「あっ、はい。是非。でも麗子様がなんとおっしゃるか・・・」
「あの人なら大丈夫よ。一晩くらいほっときなさい」
「そうですね。ほっときましょうか?うふふっ、沙樹様、面白いっ」
車は駅前のロータリー直前の赤信号で止まった。
「ここでいいわ。マリアちゃん」
素早く沙樹が白いBMWから降りた。
「じゃね。本当に遊びに来てね」
沙樹がドアを片手で押さえながら手を伸ばし、マリアはその手を両手で握った。
「はいっ、沙樹様もまたいつでもいらして下さい。お待ちしています」
マリアは手を離し頭を下げた。沙樹が目の前の横断歩道を颯爽と渡ってゆく。
その姿に昨夜の姿は微塵もない。マリアは車に入れっぱなしにしてある、モーツァルトのCDをかけた。『セレナード第13番 アイネ・クライネ・ナハトム・ ジーク』が車内に流れた。横断歩道の向こうから沙樹が手を振った。沙樹は再び背を向け、土曜日の駅前の雑踏に紛れ、そして見えなくなった。
翌日。日曜日は、天気も良く穏やかに過ぎた。
夕方、マリアは部屋の窓を開け、麗子の1週間の予定をPCに入力していた。
その時、マリアはふと麗子が誘ってくれた、モーツァルトコレクションのことを思い出した。
「そう言えば、あれ、いつなんだろう?麗子様ったら絶対忘れてるんだからっ」
マリアは立ち上がると、自室にいる麗子の所へ向かった。
麗子の部屋のドアを2度ノックする。
「麗子様ぁ、この間チケット取っていただいたモーツァルトコレクションっていつですかぁ?」
麗子の返事はなかった。マリアはもう1度ノックした。
「麗子様ぁ、麗子様ぁ?」
「なぁに?マリア。今お昼寝してたのに・・・」
ようやくドアの向こうから麗子の声がした。
「モーツァルトコレクションっていつですかぁ?予定に入れておこうかなぁって思いまして・・・」
「ああっ、あれ、あれはクリスマスよ。クリスマス」
「えっ?今年はクリスマスなんですかぁ?なぁ~んだぁ」
最後は小声で言った。
「えっ?なぁ~に?」
「いっ、いえっ、はいっ。わかりました」
マリアが部屋に戻ると、庭の木々を抜けた初秋の風にカーテンが揺れている。
「クリスマスかぁ・・・」
マリアは窓辺に立つと、まだ遠いクリスマスに思いを馳せた。
ーーENDーー
その日の午後、沙樹は館を後にした。マリアは彼女を駅まで送る事になった。
グレーのスーツの上下に合わせた淡い水色のシャツは、タイは締めずに第二ボタンまでが開いてた。その首には細身のネックレスが揺れている。
「昨日は楽しかったわマリアちゃん。あなたが予想以上に敏感で」
前を見るマリアの横顔が綺麗だった。頬を染めるマリアに沙樹が微笑んだ。
「今度、家にも遊びにいらっしゃい。もちろん泊まりがけよ」
「あっ、はい。是非。でも麗子様がなんとおっしゃるか・・・」
「あの人なら大丈夫よ。一晩くらいほっときなさい」
「そうですね。ほっときましょうか?うふふっ、沙樹様、面白いっ」
車は駅前のロータリー直前の赤信号で止まった。
「ここでいいわ。マリアちゃん」
素早く沙樹が白いBMWから降りた。
「じゃね。本当に遊びに来てね」
沙樹がドアを片手で押さえながら手を伸ばし、マリアはその手を両手で握った。
「はいっ、沙樹様もまたいつでもいらして下さい。お待ちしています」
マリアは手を離し頭を下げた。沙樹が目の前の横断歩道を颯爽と渡ってゆく。
その姿に昨夜の姿は微塵もない。マリアは車に入れっぱなしにしてある、モーツァルトのCDをかけた。『セレナード第13番 アイネ・クライネ・ナハトム・ ジーク』が車内に流れた。横断歩道の向こうから沙樹が手を振った。沙樹は再び背を向け、土曜日の駅前の雑踏に紛れ、そして見えなくなった。
翌日。日曜日は、天気も良く穏やかに過ぎた。
夕方、マリアは部屋の窓を開け、麗子の1週間の予定をPCに入力していた。
その時、マリアはふと麗子が誘ってくれた、モーツァルトコレクションのことを思い出した。
「そう言えば、あれ、いつなんだろう?麗子様ったら絶対忘れてるんだからっ」
マリアは立ち上がると、自室にいる麗子の所へ向かった。
麗子の部屋のドアを2度ノックする。
「麗子様ぁ、この間チケット取っていただいたモーツァルトコレクションっていつですかぁ?」
麗子の返事はなかった。マリアはもう1度ノックした。
「麗子様ぁ、麗子様ぁ?」
「なぁに?マリア。今お昼寝してたのに・・・」
ようやくドアの向こうから麗子の声がした。
「モーツァルトコレクションっていつですかぁ?予定に入れておこうかなぁって思いまして・・・」
「ああっ、あれ、あれはクリスマスよ。クリスマス」
「えっ?今年はクリスマスなんですかぁ?なぁ~んだぁ」
最後は小声で言った。
「えっ?なぁ~に?」
「いっ、いえっ、はいっ。わかりました」
マリアが部屋に戻ると、庭の木々を抜けた初秋の風にカーテンが揺れている。
「クリスマスかぁ・・・」
マリアは窓辺に立つと、まだ遠いクリスマスに思いを馳せた。
ーーENDーー