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あなたの燃える手で

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すれ違いラプソディ

29
七夕の夜。アパートの前でタクシーを降りようとするまひるの前に、千夜の後
ろ姿があった。
数十分前まで同じラブホの隣同士の部屋にいたとは、二人は知る由もない。

「千夜」
「あっ、まひる」
「今帰り? ずいぶん遅いわね」
「う、うん。まひるこそタクシーで帰ってくるなんて。どこ行ってたの?」
「仕事よ、仕事……」
「ふぅ~ん、そうなんだぁ」
「千夜は、どこ行ってたの?」
「あたし、あたしはちょっと、友達と会っちゃって、飲んで来ちゃった」
「ふぅ~ん、そうなの……」
二人とも墓穴を掘る前に、必要以上の詮索はやめた。それよりも嘘をついてい
ること、ある意味浮気をしたことの後ろめたさの方が気に掛かっていた。
アパートに帰ってからも二人の空気は気まずく、部屋にはズッシリと重い沈黙
が流れていた。
なんとなくキッチンに立ったまひる。
寝室のベッドに腰掛けた千夜。
そんな中、先に口を開いたのはまひるだった。

「ねぇ、千夜。今日七夕だね」
「うん」
「織姫と彦星。会えたかな?」
「えっ?」
「だって、年に一度でしょう。七夕って……」
「そっか。会えるといいね」
「あたし達……、毎日会ってるのにね」
「えっ?」
「千夜も感じてるでしょう。最近のあたし達……」
「あぁ、うん。わかってる」
「なんで、こうなっちゃったんだろうね?」
「どうしてかな?」
「あたし達、もうだめなのかな?」
「そ……」
千夜の言いかけたその声は、あまりにも小さかった。
「えっ、なに?」
「そんなこと……、ないよ……」
「どうして? どうしてそんなこと言えるの?」
「だってあたし、まひるのこと好きだし。まひるは? あたしのこと好き?」
「そ、そりゃ好きだけど……」
「だったら、いいじゃん。それで……」
「えっ……?」
「好きだってだけで十分だよ。あたしは……」
「千夜……」
ベッドに腰掛けた千夜が、はにかんだ笑顔を向けた。
「千夜……。バーボン。飲む?」
「うん。ロックで……」
「起きたあなたは、小さなグラスにバーボンを注ぐ。いつものように小さな氷
を3つ入れて」
それは千夜の最新曲『すれ違いラプソディ』の歌詞だった。
まひるは歌詞通りに、氷を三つ入れたグラスにバーボンを注いだ。
「時計の音も消える それは小さな沈黙」
まひるは続きを呟きながら、ふと玄関に立てかけられた水色の傘を見つめた。
それは千夜がマリィさんと相合傘をした、あの傘に間違いなかった。

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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土