白百合忍法帳
21
(慶安四年 七月二十二日)
碧の黒髪が如来の首を這い上がり、その顔を包み込もうとしていた。
その時、如雷が大きく息を吸い込んだ。そして口を大きく開けるとそれを一気に吐き出した。
それは最大級の ”魔響波” だった。
鬼哭寺全体が震え、大きく軋みながら傾いていく。それにつれ柱がひしゃげ、
支えを失った屋根が本堂を押し潰していった。
もうもうと立ち昇る土煙と轟音。しかしその中に既に碧の姿はなかった。
いち早く本堂から脱出した碧は境内の中央に立っていた。
大量の土煙が風に流され、幕が開くように視界が晴れていく。
すると土色の幕の向こうには、如雷が立っていた。
如雷は今の ”魔響波” で ”女蓮縛” から脱出している。
二人のくノ一が、鬼哭寺の境内で対峙した。
「ここまでのようだね、碧……」
「……」
その時、碧が静かに目を閉じた。
「観念したかい?」
「……」
目を閉じた碧は、如雷を気配だけで感じ取っていた。
相手は ”魔響波” 、見てからでは遅い。一つ間違えば自分がやられる。
「お前もこの寺のようになるがいい」
如来が息を吸い込んだ。
その気配を碧は肌で感じた。
そして如雷の ”魔響波” が放たれるより、ほんの一瞬早く目を開けた。
その瞳は碧色に輝いていた。
その瞳が如雷の目に反射する。
如雷の口が尖り、 ”魔響波” が放たれた。
すると如雷の ”魔響波” は碧に届かず、如雷自身の体を破壊した。
「忍法 ”訃眼” 。あたしの最後の切り札さ。まさかこれを使うことになるとはねぇ。手強い相手だったよ」
すべての術を相手に鏡のように返す忍法 ”訃眼” 。
その瞳を見た者に、この術から逃れる術はない。
「如雷、あんたの ”魔響波” は音。あたしの ”訃眼” は光。どうやら音より光の方が速かったようだよ」
碧は、今はその影もない如雷の立っていた場所につぶやきかけた。
しかし砕け散った如雷の体と共に、密書も消え去ってしまった。
東の空が白々と明けてきた。
碧は鬼哭寺を後にすると、長屋へと向かった。
残り半分の連判状を失った薩摩藩は、今回の計画を諦めた。
しかしこの日、既に由井正雪が江戸を発ち、駿府へと向かった。
翌二十三日には倒幕計画暴露し、丸橋忠弥が江戸で捕縛される。
それを知らぬまま正雪は、二十五日に駿府到着。
そして二十六日。正雪は駿府梅屋町で、早朝に町奉行落合小平次の配下
に包囲され自害した。正雪四十七歳であった。
八月十日には、丸橋忠弥が品川の刑場で磔刑に処された。
そして慶安四年八月十八日。徳川家綱(十一歳)が第四代征夷大将軍に就任す
ることになる。
(慶安四年 七月二十二日)
碧の黒髪が如来の首を這い上がり、その顔を包み込もうとしていた。
その時、如雷が大きく息を吸い込んだ。そして口を大きく開けるとそれを一気に吐き出した。
それは最大級の ”魔響波” だった。
鬼哭寺全体が震え、大きく軋みながら傾いていく。それにつれ柱がひしゃげ、
支えを失った屋根が本堂を押し潰していった。
もうもうと立ち昇る土煙と轟音。しかしその中に既に碧の姿はなかった。
いち早く本堂から脱出した碧は境内の中央に立っていた。
大量の土煙が風に流され、幕が開くように視界が晴れていく。
すると土色の幕の向こうには、如雷が立っていた。
如雷は今の ”魔響波” で ”女蓮縛” から脱出している。
二人のくノ一が、鬼哭寺の境内で対峙した。
「ここまでのようだね、碧……」
「……」
その時、碧が静かに目を閉じた。
「観念したかい?」
「……」
目を閉じた碧は、如雷を気配だけで感じ取っていた。
相手は ”魔響波” 、見てからでは遅い。一つ間違えば自分がやられる。
「お前もこの寺のようになるがいい」
如来が息を吸い込んだ。
その気配を碧は肌で感じた。
そして如雷の ”魔響波” が放たれるより、ほんの一瞬早く目を開けた。
その瞳は碧色に輝いていた。
その瞳が如雷の目に反射する。
如雷の口が尖り、 ”魔響波” が放たれた。
すると如雷の ”魔響波” は碧に届かず、如雷自身の体を破壊した。
「忍法 ”訃眼” 。あたしの最後の切り札さ。まさかこれを使うことになるとはねぇ。手強い相手だったよ」
すべての術を相手に鏡のように返す忍法 ”訃眼” 。
その瞳を見た者に、この術から逃れる術はない。
「如雷、あんたの ”魔響波” は音。あたしの ”訃眼” は光。どうやら音より光の方が速かったようだよ」
碧は、今はその影もない如雷の立っていた場所につぶやきかけた。
しかし砕け散った如雷の体と共に、密書も消え去ってしまった。
東の空が白々と明けてきた。
碧は鬼哭寺を後にすると、長屋へと向かった。
残り半分の連判状を失った薩摩藩は、今回の計画を諦めた。
しかしこの日、既に由井正雪が江戸を発ち、駿府へと向かった。
翌二十三日には倒幕計画暴露し、丸橋忠弥が江戸で捕縛される。
それを知らぬまま正雪は、二十五日に駿府到着。
そして二十六日。正雪は駿府梅屋町で、早朝に町奉行落合小平次の配下
に包囲され自害した。正雪四十七歳であった。
八月十日には、丸橋忠弥が品川の刑場で磔刑に処された。
そして慶安四年八月十八日。徳川家綱(十一歳)が第四代征夷大将軍に就任す
ることになる。