白百合忍法帳
20
(慶安四年 七月二十二日)
「薩摩のくノ一、如雷だと……」
尼は如雷と名乗ると、懐から一枚の紙を取り出した。
「これであろう、お前が喉から手が出るほど欲しがっている物は」
そう言ってその紙を両手で広げると、碧に見せつけた。
「うっ! あれは……」
それは紛れもなく薩摩側の持つ、半分の連判状だった。
「そうかい、薩摩のくノ一は四人いたのかい……」
「うぬらの持っている連判状の半分、大人しく渡してもらおうか」
「ふん、それはこっちの台詞だよ。お前達が浪人を煽動して、幕府転覆を企んでいるのお見通しだよ」
「こちらもこの書状をおめおめと、智慧伊豆の手に渡す訳にはいかぬ」
「上様のお命を狙う薩摩の曲者が……、偉そうなことを」
「ならばお前を人質に、仲間に持ってこさせるか。それともここで殺すか」
「ふん! この碧をやれるものならねぇ!」
「碧というのか、お前もその石灯籠のようにしてやろう」
如雷の唇が尖った。
碧が一瞬早くその場を飛び退く。
碧の立っていた場所から土煙が上がり、雑草の葉が千切れ飛んだ。
碧は太い木の陰に身を潜めた。
(やっかいだねぇ、あれは……)
「ふふっ、何処へ逃げようと無駄なこと。この ”魔響波” からは逃げ切れぬ」
( ”魔響波” ?)
碧の足元で連続して土煙が上がった。土煙はゆっくりと風下へ流れていく。
「 ”魔響波” は我が声。音は鉄砲よりも早いぞ」
「くそぅ、声と言っても人の耳には聞こえない。兎に角、あれをどうにかしなきゃ埒があかないねぇ……」
碧は木の陰から躍り出ると手裏剣を投げつけた。如雷が身を反らしてそれをかわす隙に、一間程後の木に隠れ、如雷との距離を取った。
再び足元で土煙が上がった。
(さっきよりも威力がない……。所詮は声、届く範囲があるみたいだねぇ)
しかし如雷も本堂から表に出ると、一歩ずつ碧との距離を縮めてくる。
その間にも魔響波の連射は続き、立ち昇る土煙の勢いが増していく。
「ちっ! 今に見てろ……」
碧は手裏剣を投げ、右隣の木に身を隠した。
如来は相変わらず歩を進め、碧との距離を縮めてくる。
碧はまた右隣の木に身を隠した。
それを繰り返しながらぐるりと鬼哭寺の境内を一週すると、本堂に上がり柱の影に身を隠した。
高く昇った月が、本堂に向かって歩く如雷の姿を蒼く照らしている。
如雷の口が尖り、本堂の壁がはじけ飛ぶ。
「もう逃げられぬぞ」
「はなから逃げようなんて思っちゃいないよ」
「……?」
その時如雷は気が付いた。碧の黒髪が異常に伸びていることに。
碧は鬼哭寺の境内を回りながら、髪を蜘蛛の巣のように張り巡らしていたのだった。
如雷は今、その黒髪の巣の真っ只中にいた。
そしてその足元から無数の黒い糸が立ち上がり、如来に絡みついていく。
「忍法 ”女蓮縛” 。どうだい? 自分に絡みついた髪を、 ”魔響波” とやらで切ってみるかい?」
如雷の首から下が、黒い繭のように髪に覆われた。
「くっ、おのれ碧……!」
黒髪に包まれていく如雷の顔が、鬼の形相に変わった。
(慶安四年 七月二十二日)
「薩摩のくノ一、如雷だと……」
尼は如雷と名乗ると、懐から一枚の紙を取り出した。
「これであろう、お前が喉から手が出るほど欲しがっている物は」
そう言ってその紙を両手で広げると、碧に見せつけた。
「うっ! あれは……」
それは紛れもなく薩摩側の持つ、半分の連判状だった。
「そうかい、薩摩のくノ一は四人いたのかい……」
「うぬらの持っている連判状の半分、大人しく渡してもらおうか」
「ふん、それはこっちの台詞だよ。お前達が浪人を煽動して、幕府転覆を企んでいるのお見通しだよ」
「こちらもこの書状をおめおめと、智慧伊豆の手に渡す訳にはいかぬ」
「上様のお命を狙う薩摩の曲者が……、偉そうなことを」
「ならばお前を人質に、仲間に持ってこさせるか。それともここで殺すか」
「ふん! この碧をやれるものならねぇ!」
「碧というのか、お前もその石灯籠のようにしてやろう」
如雷の唇が尖った。
碧が一瞬早くその場を飛び退く。
碧の立っていた場所から土煙が上がり、雑草の葉が千切れ飛んだ。
碧は太い木の陰に身を潜めた。
(やっかいだねぇ、あれは……)
「ふふっ、何処へ逃げようと無駄なこと。この ”魔響波” からは逃げ切れぬ」
( ”魔響波” ?)
碧の足元で連続して土煙が上がった。土煙はゆっくりと風下へ流れていく。
「 ”魔響波” は我が声。音は鉄砲よりも早いぞ」
「くそぅ、声と言っても人の耳には聞こえない。兎に角、あれをどうにかしなきゃ埒があかないねぇ……」
碧は木の陰から躍り出ると手裏剣を投げつけた。如雷が身を反らしてそれをかわす隙に、一間程後の木に隠れ、如雷との距離を取った。
再び足元で土煙が上がった。
(さっきよりも威力がない……。所詮は声、届く範囲があるみたいだねぇ)
しかし如雷も本堂から表に出ると、一歩ずつ碧との距離を縮めてくる。
その間にも魔響波の連射は続き、立ち昇る土煙の勢いが増していく。
「ちっ! 今に見てろ……」
碧は手裏剣を投げ、右隣の木に身を隠した。
如来は相変わらず歩を進め、碧との距離を縮めてくる。
碧はまた右隣の木に身を隠した。
それを繰り返しながらぐるりと鬼哭寺の境内を一週すると、本堂に上がり柱の影に身を隠した。
高く昇った月が、本堂に向かって歩く如雷の姿を蒼く照らしている。
如雷の口が尖り、本堂の壁がはじけ飛ぶ。
「もう逃げられぬぞ」
「はなから逃げようなんて思っちゃいないよ」
「……?」
その時如雷は気が付いた。碧の黒髪が異常に伸びていることに。
碧は鬼哭寺の境内を回りながら、髪を蜘蛛の巣のように張り巡らしていたのだった。
如雷は今、その黒髪の巣の真っ只中にいた。
そしてその足元から無数の黒い糸が立ち上がり、如来に絡みついていく。
「忍法 ”女蓮縛” 。どうだい? 自分に絡みついた髪を、 ”魔響波” とやらで切ってみるかい?」
如雷の首から下が、黒い繭のように髪に覆われた。
「くっ、おのれ碧……!」
黒髪に包まれていく如雷の顔が、鬼の形相に変わった。