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あなたの燃える手で

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白い魔女 2

18
翌日の正午。真弓は息抜きに屋上へ出た。
するとそこに、屋上からこの街を見下ろす美咲のナース姿があった。
真弓は彼女を驚かそうと、後ろからそっと近づきその距離を縮めていく。

「秋山さん……」
その声に美咲は驚いて振り返った。
「あらっ、ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」
「いっ、いえ。そんな」
真上からの日差しが2人の短い影を作り、秋風は二人の髪を掬い上げては吹き抜けていく。そんな気持ちのいい午後だった。
「お昼休み?」
「はい」
「秋山さんはタバコ吸うの?」
「はい、でも屋上は禁煙じゃ……」
「いいのよ、今だけ。ねっ」
真弓は胸ポケットからタバコを出した。箱を揺すって1本だけ飛び出させると、その箱を美咲に向かって差し出した。
「今は持ってないでしょ」
「すみません、院長」
美咲はそのタバコを箱から抜き出すと唇に挟んだ。
自分もタバコを口にすると、美咲に火の付いたライターを差し出す。
そして自分のタバコにも火を点けた。
二人の紫煙が、風に運ばれては消えていく。
「誰にも内緒よ」
「はい」
「昨日のコトもね……」
「えっ?」
「昨日、院長室でしたコト」
「あぁ、冬香先生のことですね。はい。わかっています」
二人は見つめ合い、そして微笑んだ。
「ねぇ、これ聞いて、」
そう言って真弓はポケットを探ると i Podを取り出した。そしてイヤホンを美咲に渡すと自分は本体を操作し、聞いて欲しい曲を選曲した。
「これは……」

美咲の耳に忘れられないアノ曲が聞こえた。
それは10年前、全国コンクールの為に美咲が作曲した『ジュリエットのための葬送曲』だった。確かに大幅に編曲されてはいる。しかし曲のベースは確かに、『ジュリエットのための葬送曲』だった。

「アナタの先生のデビューのきっかけになった曲よ」
「えっ?」
「あらっ、知らないの? 『ジュリエットセレナーデ』いい曲でしょ。あたしこれ大好きなのよ。最近はこればっかり聞いてるの」
「デビューのきっかけ?」
「そうよ、この曲で冬香はヨーロッパのコンクールで優勝したんだから」

美咲の回りで時が止まる。砂漠の真ん中で1人立ち尽くしているようだ。

先生がこの曲でヨーロッパのコンクールに優勝?
『ジュリエットセレナーデ』? 違う、これはあたしの『ジュリエットのための葬送曲』だ。
どうして、どういうこと? これはあたしの曲だ。
あたしはこの曲でコンクールに落ちて、ピアニストの夢を諦めた。
それもあの人が勝手に曲を変えて……、それであたしは。
その曲を更にアレンジしてまるで自分の曲のように……。
許せない。そんなの許せない。
あたしは、あたしはなんのためにあの曲を……。

「良かったら今度CD貸してあげるわよ。秋山さん」

そんな真弓の言葉も、今の美咲の耳には届いていなかった。
ただタバコの煙だけが飛び去っていった。

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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土