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あなたの燃える手で

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TRI△ NGLE

△3
ホテル「クイーンホリデー」の18階は、痛い程静まりかえっていた。
ジャズの流れる店内に、Lのカクテルを作る硬質な音が心地よかった。

Lは出来上がったグラスを、明美の前に押し出した。
「どうぞ。ウォッカマティーニです」
「ありがとう」
突然、横の桜子が明美に話しかけてきた。
「そのカクテル、007のカクテルなんですよ」
「007の……?」
意中の人に突然話かけられたような戸惑いを見せながら、明美が桜子を見た。
「そう、ジェームス・ボンドの愛したカクテルなの」
「ジェームス・ボンドが好きなの?」
さっき耳にした ”あたしはボンドガールが好きなの” と言う言葉の意味を確かめたくて、明美はそう聞き返した。
何故その言葉が気になるのか?
それは明美自身、男を愛することが出来ないからだ。今年三十路も半ばを越えようとしている明美が、未だ独身でいるのもその理由からだった。結婚願望はあるが、どうしても踏み切ることが出来ない。事実、今も隣の桜子のことが気になっている。
「ううん。あたしはボンドガールの方が好きなの。女の人の方が好き」
そう言って桜子がグラスに口を付けた。
「ふふっ、そうなんだ。何となく判るわ……それ……」
「えっ? もしかして……」
「ええっ、そうなの。そうは見えないかもしれないけど」
「あたし桜子って言います。お姉さんは?」
「あたしは明美。桐沢明美」
「明美さんかぁ。良いお名前ですね」
桜子がもう1度グラスに口を付けた。
「お姉さんも飲んでみて」
「うん」
「Lの作るカクテルはね、なんでもとっても美味しいの」
明美はグラスを持ち上げ、溢れそうなウォッカマティーニに唇を寄せて一口啜った。
「ホント、美味しい。辛口でサッパリしてるのね」
そのままもう一口啜る。
それを見ながら桜子がタバコに火を点けた。
二人の間にある椅子一つ分の空間に、煙が漂い消えていく。
「ねっ、美味しいでしょ……」
沈黙を挟みながらの、ぎこちない会話は続いた。そしてそれは明美が2杯目のグラスを空にする頃だった。桜子がポツリと言った。
「ねぇ、明美さん」
「なぁに?」
「来週も来てくれる?」
「ええ、いいわよ。これくらいの時間なら」
「ホント? じゃ約束よ。指切り……」
桜子は明美のすぐ隣の椅子に移動すると、可愛らしい右手の小指を明美に向かって差しだした。
明美は内心ほくそ笑みながら、その小指に自分の小指を絡ませた。

漆黒の天空に輝く青い月が、冷たく微笑んでいた。

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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土