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あなたの燃える手で

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秘湯の夜

ー 2007・夏休みスペシャル ー


             湯の

 プロローグ
山の中腹を走る2両編成の車窓から、緑の渓谷を蛇行する川が見下ろせた。
瑠璃色の龍の様な激しい流れは、白い腹を見せては沈黙し、大きく咆哮しては深みに潜り、龍は千変万化にその色を変えた。
璃緒はカメラを手に、窓を押し上げると少々身を乗り出し、都会では見ることの出来ないその情景にシャッターを押した。
東京を出て列車を乗り継いだ5時間あまりの旅も、この単線の終着駅「天人沢」で終わろうとしている。
ローカル列車はいつしか川の流れと別れ、深緑の瞬く木漏れ日のフラッシュを抜けながら、四方を山に囲まれた、「天人沢」に到着した。
無人の改札口を、旅行バッグ一つで通り抜けた彼女を、蝉時雨が歓迎した。


短大を卒業してからもう4年も経つなんて、あんまり信じたくないけど。
私はフォトグラファーとしての道を歩み始めていた。いや、歩み始めたい。
だって私の夢はフォトグラファーとして独立すること。
そう、それが夢。
でも現実はそんなに甘くないって事も、わかってるつもり。

そもそものきっかけは、小学生の頃に父のカメラを借りて撮った1枚の山の写真だった。その写真を凄く褒められてその気になり、思えば中学から大学までずっと写真部一筋。私の学生生活って本当に写真が恋人だった。
おかげで個展を開くくらいの腕には、どうにかなったんだけどね。
今では都内でOLとして働きながら、時間を見つけてはカメラと一緒に1人旅に出るのが、私のライフワークかな。

そうして私は、2007年8月15日という世間はお盆のまっただ中、墓参りにも行かず、ここ「天人沢」の駅に降り立った。
「何だっ、暑いじゃん!」
と言うのが最初の感想だった。
「天人沢」あまり人に知られていない ”人里離れた秘湯の郷” 、といった趣が気に入って選んだ場所だったけど、こんなに暑いとは思わなかった。
正直、ちょっとショック……。
この駅はちょっと高い所にあって、ここからこの町が眼下に一望できる。
山に囲まれた盆地に町は広がり、高いビルもない。途中で列車の横を併走していたあの激しい碧い川が、その幅を広げて今は町の中央をゆったりと流れている。
「あれって鮎釣?」
私はベージュのキャップをかぶり直し、首から下げたデジタル1眼を両手に持って、ファインダーを覗いた。望遠の倍率を上げると、腰まで水に浸かって長い竿を立てている釣り人が数人見えた。
「おぉ~釣ってる釣ってる」
その姿をカメラに納め、そのまま川に沿ってカメラを移動させると、川は右に曲がって大きな岩の陰に隠れてしまった。
「あれ? 綺麗な人」
その時私はファインダーの中に、その大岩に腰掛ける1人の女の人を見つけた。
その人は白いシャツ着ていて、綺麗な黒髪が夏の光に輝き、その稟とした佇まいは、引きつけられるような神聖なものさえ思わせる、不思議な人だった。
私は思わずシャッターを押した。その瞬間、蝉の声も川のせせらぎも、全ての音が私の耳から消えていた。
そう、まるで時が止まったように。

「さっきの人に写真を撮らせてもらおう」
私は駅からの長い坂道を下りて橋を渡ると、川づたいに彼女の腰掛けていた大岩を目指して歩いていった。
彼女の醸し出すムードに、私は憑かれていたのかもしれない。歩いていくうちに白いポロシャツは背中に張り付いて、胸の谷間にも汗が1筋流れていった。ジーンズの中も汗でぐっしょり。
「やっぱりジーンズは失敗だったかなぁ、あぁ、気持ち悪い」
タオルで汗をぬぐっても、焼けぼっくり? じゃなくて焼け石に水かっ。
まぁとにかく暑い。夏だもんね。まっ、いっか。
それでも私は炎天下の中を歩きながら、何枚か写真を撮った。木々の間からこぼれ落ちる眩しい木漏れ日。川を挟んで見上げる駅舎。何10年も放置されたような錆びた看板に、セミの抜け殻まで。ここには東京にはない被写体ばかりが、そこら中に溢れている。
「少しのんびり歩きすぎたかしら? あっ、あれだっ、あの岩だ。あれ? いない? 帰っちゃった? そんなに暇じゃないってかっ」
でもそこには橙色の鬼百合が1本だけ咲いて、私は彼女の代わりと言うか、半分仕方なくだけど、その鬼百合を撮った。まっ、いっか、しょうがないじゃん。
「とりあえず宿に行きますか。温泉にも入りたいし」
それまでに100枚以上の写真を撮っていた私は、不思議な人に後ろ髪を引かれつつ、予約した旅館『渓遊館』に向かうことにした。

Comments 2

マロ  

まだまだイントロですね。
これから、どんな出会いがあって、
どんな展開が待ってるのか、楽しみです。

2007/08/18 (Sat) 17:22 | EDIT | REPLY |   
蛍月  
コメントありがとうございます

そうですね。
今回はイントロが長いかもです。

1人称って、その場その時の心情が書けて、
案外気に入ってきました (^_^;)
このまま最後までブレずにいけそうです。

今回もよろしくお願いします m(_ _)m

2007/08/18 (Sat) 18:21 | EDIT | REPLY |   

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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土