2ntブログ

あなたの燃える手で

Welcome to my blog

白百合忍法帳

2 
(慶安四年 七月三日)

この日、江戸のくノ一「柘榴(ざくろ)」は、いつものように天秤棒を担ぎ、魚を売り歩いていた。
そうして江戸市中を歩き回り、ここのところ特に目を引き始めた浪人達の言動に耳を傾けていた。
「明日からどうやって食っていけと言うんじゃ……」
「まったくじゃ、我らを体よく追い出し後は知らんぷりじゃ」
「再仕官の道も難しく、辻斬りでもやるしかないぞ」
「それもこれもみんな幕府のしたこと……」
「あんな幕府、無くしてしまえぇ」
「そうじゃ、そうじゃ、みんなで幕府を倒そうぞ!」
関ヶ原や大阪の役以来、多くの大名が減封や改易により、ここ江戸でも多くの浪人があふれていた。よもや一触即発の事態になるのは時間の問題のように思われた。
「それにしても数が異常だねぇ。ここ数日で倍近くに増えているようだけど、これは一体……」
柘榴は天秤棒を肩に、ぬかりなく辺りに目を配っていた。
快晴の空を川面が揺らす。その空を一艘の小舟が緩やかに下っていく。
夏にしては涼しい風が吹く日だった。
「それに奴らのあの目、何処か虚ろで妙だ」
柘榴は橋を渡り、長屋の並ぶ一帯に足を踏み入れた。ここらが一番魚の売れる場所だった。
遠くから土煙を上げ、一人の町娘が手桶を持って走り寄ってきた。
「あぁー来た来た。ちょいと、遅いじゃないか! まさかもう売れちまったんじゃないだろうねー」
下駄履きに木綿の着物。娘は軽く息を切らしている。
「どうもすみません、今日は大漁でして。それでもう重くてね、ついついゆっくり歩いちまいまして……」
そう言って柘榴は天秤棒を降ろすと、ぎっしりと詰まった魚を娘に見せた。
「おやっ! 本当に大漁だねぇ」
「どうです、この大きな平目。お安くしときますよっ!」
「そうかい? それじゃコイツをもらおうか!」
「へいっ! まいどあり!」
娘は懐から財布を出すと代金を柘榴に渡した。手桶からはみ出すほどの平目が入れられ、娘の手にズシリと重みが伝わる。
「そう言えばさぁ、知ってるかい? 日本橋の占いのコト……」
「日本橋の占い? いいえ、あたしはトンと存じませんが……」
「なんでもさぁ、スゴク当たるらしいんだよ! その占いが!」
「へぇー、占いが」
「そうなんだよぉ! 別にあたしゃ占いなんてどうでもいいんだけどね!」
「へぇ」
「浪人達に人気があるんだって話だよ」
浪人と聞いて柘榴の目がキラリと光った。
「それはまた何でです?」
「だって藩を追い出されてさぁ、明日をも知れぬ日々だろう?」
「あっ! なるほどっ!」
「アンタも占ってもらったら、何処に行けば魚が売れるかさ! あっははは」
「それじゃ、一度行ってみやしょうかねぇー」
「そうだよ。お題はいらないタダだって話だからさぁー」
「おやっ! そうと聞いちゃ早速明日にでも……」
「でもちゃんとココには来ておくれよ。待ってるからさぁー」
「へいっ! そりゃもう勿論!」
娘は下駄を鳴らして来た道を戻っていった。
「日本橋の占い……ちょいと探ってみようかねぇ」

柘榴は川面を見下ろしながら天秤棒を担いだ。白い腕に夏の風が絡みついた。

Comments 1

-  
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2008/09/07 (Sun) 12:15 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply

About this site
女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
About me
誠に恐縮ですが、不適切と思われるコメント・トラックバック、または商業サイトは、削除させていただくことがあります。

更新日:日・水・土