死神イングリット
蘭の背筋に冷たい汗が流れた。
(なっ何なの? 鞭で打つ気? それもあんな痛そうな鞭で……)
よく見るとその赤い鞭は、蛇の鱗のようなモノで覆われている。
「ふふふっ、さぁ、タップリ泣いて頂戴」
そう言って彼女が右手を振りかぶった。
次の瞬間、空を切り裂く音を引き連れ、紅い蛇は蘭の細い腰に巻きついた。
「きゃぁ!」
蘭の腰には鞭の幅の真っ赤なミミズ腫れが走っている。
「いいわねぇ。女の悲鳴は……。一番感じるわぁ。ほらっ、もう1回!」
再び蘭の腰めがけて紅い蛇が巻き付いた。そこはみるみる赤く腫れ上がり、最初のミミズ腫れにクロスするように赤い筋がもう一本増えた。
「いやぁ! やめてぇ! 死んじゃう!」
「大丈夫よぉ~。死なないように苦しめてあげるからぁ」
そう言いながら彼女は、左手で鞭をしごきながら蘭の回りとグルグルと歩き回った。その間も鞭で床を叩き蘭を威嚇しする。その度に反射的に蘭は身を固くした。そんな中、突然蘭の後で鞭がうなった。しかし今度は巻き付かず、その先だけが蘭の背中を打った。
「きゃぁ! 痛いっ!」
白い背中に一輪のバラが咲いたように、そこだけが真っ赤に腫れ上がった。
「綺麗ねぇ~、花が咲いたみたいよぉ~」
「もうやめてぇ! お願い!」
「そうそう、そやってもっと泣いて。あたしもだんだん感じてきたわぁ~。せっかく綺麗に咲いたのに、一つだけじゃ寂しいわねぇ~」
「いやっ、いやぁ! いやぁー!」
「ふふふっ、そうだっ、花束にしてあげるわぁ。あたしからの贈り物よっ」
再び蘭の後で空を切る音が鳴った。今度は連続だ。
「ほらっ! ほらっ! ほらっ! 受け取って……この花束を、ほらっ!」
蘭の背中に鞭の嵐が襲った。彼女の鞭先のコントロールは恐ろしいほど正確で、紅く腫れ上がっていく蘭の背中に、丸く花束を形作っていった。
それから逃れようと、仰け反った蘭の体が両手の鎖を中心にクルクルと回る。
「いっ痛いっ! 痛いっ! いやぁ、やめてぇ! 痛いっ!」
しかし彼女は巧みに移動し、性格に蘭の背中を打ち続けた。
「これじゃまだ束が小さいかしらぁ? ほらっ、もっと大きくしてあげる」
「きゃぁ! 痛いっ! 痛いっ! お願い赦してぇー!」
ピシッ! と背中を打ち続ける鞭は、花の数を一つずつ増やしていった。
「どう? 背中一杯に広がったわぁ。とっても綺麗よぉ~」
「お願い、もうやめてぇ」
その時パニック状態だった蘭は、この地獄から逃れたいことで頭の中が一杯で、イングリットの名前を呼ぶコトさえ忘れていた。いや、7つのルールさえ忘れていたかもしれない。
その時、突然蘭の目の前が真っ暗になった。
後に立っていた彼女が蘭にアイマスクをしたのだ。彼女はアイマスクの上から黒い布を二重三重に巻き付けた。
「怖い? これじゃいつ何処を打たれるか判らないわねっ。ほらっ!」
盲目となった蘭の足元で、鞭が床を打つ音が2度3度と響いた。