春を画く
春を画く
序章
皆さんは "春画" と言うものをご存知でしょうか。
一言で言うなら "江戸時代のヌード" ……、というよりは、 "セックスの場面
を描いた日本画" といった方が的を得ているでしょうか……。
当時、春画師は何人かいた訳ですが、そんな春画師の中に、知る人ぞ知る
『千手無空(せんじゅ むくう)』という人がいます。その名は令和の世まで
受け継がれ、かれこれもう十五代目になります。
そしてあたしは『十五代目 千手無空』の弟子で、『鏡空(きょうくう)』と
いいます。もちろん本名ではなく雅号というやつです。
それはあたしが某美大卒業間近の時……。
なぜか昔から春画が好きなあたしは先生の……、先生っていうのは無空先生
のコトで、その先生の個展で初めてお会いしまして、その場で無理を言って
弟子入りとなりました。
そしてこの出会いが、というより弟子入りが、あたしの奇妙な日々の始まり
となったのです。
1
先生のアトリエは、人里離れた山奥にある、別荘風の二階建の一軒家です。
先生は制作が始まるといつも、都心を離れてこのアトリエで数週間過ごすコ
トになります。
車で山道を登り、気をつけなければ通り過ぎてしまいそうな脇道を入り、更
に頂上まで登った所、そんな所にこのアトリエはあるのです。その周囲数キ
ロに人は住んでいません。
そんなアトリエの二階の一室を、自室として使わせて貰っています。
一口に弟子と言っても、春画のモデルもやったり結構大変です。
特に都心を離れ、このアトリエに来た時には、その確率が高まります。
春画モデル。それは時に縛られ責められ、それはそれは辛い時間なのです。
こうして六畳の自室のベッドで寝転んでいると、そんな先生の責めを思い出
すコトがあります。
そんな時、あたしの右手は股間へと伸び、左手はシャツの中に潜り込で、乳
首を指の間に挟むのです。
「あぁん、せ、先生……。そんなの、そんなのだめですぅ~」
「何がだめなんだい? 弟子は師匠の言うことを聞くもんだ」
「だって、だってこんなコト」
「こんなコトもあんなコトもないんだよ。ほらっ、両手をお出し……」
妄想の中のあたしは、いつも先生に裸にされ、自由を奪われてしまうので
す。そしてアソコを開かれ覗かれるのです。
「さぁ、絵になる顔になるまで責めてやろうかねぇ。その前に、お前の一番
恥ずかしいトコロを拡げて、よく見せて貰うとしようか。んん?」
「あぁ、いやっ、だめです先生」
「どれどれ。おや、もうこんなに濡らしてるじゃないか……」
と、こんな感じです。
でも、実はあたし、その責めを受けている間、なぜか幸せを感じるのです。
それは勿論弟子として……、というコトもあります。
しかしそれとは別に、なんというか、痛みや苦しみは肉体的な快感を、羞恥
は精神的な深い充足感を、あたしにもたらしてくれるのです。
そしていつしか、あたしの心の声なき声は先生に懇願しているのです。
「もっと、もっとお願いします。もっと責めてください……」と。
いつからこうなったのか、自分でも分かりません。
これが持って生まれた性癖なのか、性癖が徐々に変化してこうなったのか。
ただ、今にして思えば心当たりがないワケではありません。それは今からお
話しする、こんなコトがきっかけでした。そしてコレが全ての始まりだった
のでは、と思うのです。
それは、自室でのオナニーを初めて間もない頃のコトです。
右手の指先がアソコに触れ、最初の快感が熱く湧き上がった時でした。
「鏡空、鏡空、いるのかい……? 返事をおし……」
そのイラついた物言いに、あたしは乱れた衣服を整え、急いで階段を降りて
いきました。
「こっちだよ、鏡空……」
一階に降りると、先生の声は制作室のアトリエから聞こえてきます。
あたしがアトリエに入ると、先生はイーゼルの前に座り、そこに置かれた二
枚の絵を見ていました。
「こっちにおいで……」
あたしは手招きされるまま先生に歩み寄り、一緒にその絵を見ました。