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あなたの燃える手で

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波色のキス

4
アンの東京行きの告白から一週間。
地元の神社では、毎年8月の終わりにある夏祭りが始まっていた。
もちろん毎年アンと一緒に行っているけど、もしかしたら今年がアンと行
く最後の夏祭りかと思うと、チョット寂しい……。

毎年夏祭りは浴衣て行っていて、アンは待ち合わせ場所に、水色の地に花
火のような柄のある浴衣で来た。あたしは白地に赤い花柄の浴衣だ。
神社への階段を登り、二人で鳥居をくぐる。
するともう境内は人で賑わっていて、焼きそばやイカの丸焼きの香りがこ
こまで漂っていた。

あたし達は射的をやって、一緒に焼きそばを食べた。綿菓子屋さんの前を
通り過ぎて、金魚すくいの前に来た。
「夏織、金魚すくいやる?」
「金魚すくい?」
「うん。やろうよ。二人で一匹ずつでいいからさ」
「うん、まぁ、別にいいけど……、でもぉ」
うちに水槽無いけどなぁ……、なんてことを考えていると、アンは早々と
おじさんにお金を払って、ポイと呼ばれる金魚をすくうあの白い紙を貼っ
た道具と、すくった金魚を入れるお椀を受け取っていた。
「さぁ、どの子にしようかなぁ」
タライの中には40~50匹の金魚が泳いでいる。ほとんどが赤や斑らの金
魚の中に、数匹の黒い出目金がいる。
「やっぱりこの黒出目ちゃんでしょう」
「それじゃ、あたしはこの赤出目ちゃんを……」
アンは黒い出目金を、あたしはたまたま近くにいた、赤い出目金に狙いを
つけた。
上からポイを近づけ、一番近づいたところでポイを水中に沈め、後ろから
素早く掬い上げた。
「やったぁ~、大成功。獲ったどぉ、赤出目ちゃん」
「わぁー、やったねぇ夏織ぃ。よぉ~し、あたしもこの黒出目ちゃんを」
「あたしは早くも二匹目に挑戦です」
しかし2匹目にして、あたしのポイは見事に撃沈。水中で亀裂が入ったポ
イを持ち上げると、それはフワリと破れて丸い枠からブラ下がった。
「あぁーだめだぁ。破れちゃったぁ」
そんなあたしを尻目に、アンはまだ黒い出目金を追いかけている。
「獲りますよぉ~、捕まえますよぉ~、この子だけは絶対にぃ~」
出目金はタライの縁を1週して、アンの近くにやってきた。
「アン、チャンスチャンス……。今がチャンスだよぉ」
「よぉ~しっ」
「慎重に慎重にね……、アン」
アンのポイが水中に入ると、すごい速さで出目金を掬い上げた。それは掬
い上げたというより、 "持ち上げた" という感じで、その掬い方はあたし
が思わず "うわっ" と声を上げたほどその荒々しかった。
しかし出目金は無事、アンのお椀に収容された。
「よく破けなかったねぇ、あんな勢いで。チョットびっくりだよ」
「そうぉ?」
「そうだよぉ。もう少し優しくっていうか、慎重っていうか」
そう言ってるそばから、アンは2匹目に狙いをつけていた。
「さぁ~、次はこの子ですよぉ~、行きますよぉ~」
「ゆっくりだよ。ゆっくりね、アン……」
でもやっぱり……。アンのポイも二匹目にして撃沈。無残な姿を晒した。
「もう、だから言ったのにぃ~」
「だってぇ~」
あたし達は互いの成果を見せ合った。あたしのお椀には赤い出目金が、ア
ンのお椀には黒い出目金が1匹ずつ入っている。
「結局1匹ずつだったね。夏織」
「うん。どうする? これ」
「夏織が飼ってよ。そのほうがいい」
「えっ? だって……」
その時あたしの頭に、アンの東京行きのことがよぎった。
「そうだね、そうしようか。あたしが飼うよ」
「うん」
2匹の出目金は小さなビニール袋に入れられた。あたしはそれをブラ下げ
て、アンと境内の一番奥まで歩き、そのまま本殿の裏へと回った。ここま
で来るとお祭りの喧騒も少し遠ざかり、明かりもかなり暗くなって、チョ
ット別世界観がある。そんな時、アンがポツリと言った。

「夏織、あたし行くことに決めたよ。東京……」
「そう、そうなんだ。よかったね」
予期していたとはいえ、突然の告白にあたしはチョット戸惑った。
遠くで盆踊りの曲が聞こえる。
「10月の番組改編ってあるでしょう」
「うん」
「それで10月からの新番組を担当させてくれることになってるの」
「そうなの? 凄いね。」
「だから9月中には引っ越すことになる」
「じゃ、あと1ヶ月だね」
「うん」
「ねぇ、アン。ウチ来る?」
「えっ? でも忙しくない?」
「大丈夫。もう夏休みも終わりだから、ピークは過ぎたみたい」
「そうなんだ。それじゃ行こっかな……」
「うん。おいでよ。それにこの出目金、どっかに入れてあげないと」
「そうだ。忘れてた」

あたしはアンと一緒に帰ると、自分の部屋へと入った。
お母さんに金魚の話をすると、昔使っていた金魚鉢があると、その頃使っ
ていた中和剤と一緒に持ってきてくれた。
出窓に置かれた丸い壺のような金魚鉢に、赤い出目金と黒い出目金が気持
ちよさそうに泳いでいる。
「うふふっ、夏織の部屋にぃ、W出目金がぁ、来たぁー」
「W出目金って……」
「なにか名前つけてあげなきゃ。夏織」
「そうだね、あたしとアンの掬った出目金だから、メリーとアン」
「なにそれ」
「昔あったんでしょう。そんな曲」
「うん、あったけど。アンはわかるけど、メリーはなんで?」
「えっ、それはなんとなくだよ、なんとなく」
「ねぇ、アン。このまま泊まっていきなよ」
「いいのぉ?」
「いいよ。もちろんだよ」
あたしの家からアンの家まで、歩いても大したことはないけど、あと1ヶ
月でいなくなってしまうアンと、少しでも一緒にいたかった。

あたし達は見つめ合うと、ごく自然にキスをした。

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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土