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あなたの燃える手で

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感悶寺 奥の院


蝉時雨に打たれながら歩くこと約十分、ようやく美鈴は『観文寺』の赤い鳥居
をくぐった。
「いらっしゃいませ。手嶋美鈴さんですね」
突然声を掛けられて美鈴は驚いた。声の主は鳥居のそばにある古井戸の前に立
っていた。
年の頃は四十半ばくらいだろうか、黒い袈裟を頭からかぶった尼僧で、ニッコ
リとした優しい目で美鈴を見つめている。
片手には、何やら赤い花の入った手桶をぶら下げていた。
そんな尼僧の雰囲気に、美鈴は引き込まれたかのように固まった。
「淫魔退散修行でいらした……、でしょう?」
その言葉に、美鈴は我に返った。
「はい。手嶋美鈴ですけど……。どうして、あたしのことを……?」
「ここへは滅多に人は来ませんし、それにご連絡いただいていましたからね」
なるほどと美鈴は思った。ここは確かに街からは遠すぎる。
「よろしくお願いします」
美鈴はその場でペコリと頭を下げた。
「どうぞ、お入り下さい」
山門をくぐると、足元には背の低い花々がまるで芝生のように咲き乱れてい
た。その中を、うねる蛇のように石畳が本殿へと続いている。
美鈴は尼僧の後に続き、そんな石畳の上を歩いて行った。
花々の甘い香りに混ざって、風の運ぶ線香の香りが僅かに鼻腔をくすぐった。


観文寺。山を背にしたその敷地はかなり広そうだった。美鈴達の歩く石畳から
は、苔むした岩に囲まれた大きな池が見えた。そこには大きなの錦鯉が三十匹
ほど泳ぎ、山からの湧き水か、竹を縦半分切った樋から注がれる水音が耳に涼
しい。池には緑のモミジの枝が張り出し、鯉たちに日陰を提供している。
石畳を進むにつれ、拝殿(はいでん)が見えてきた。
拝殿とは本殿の手前に建っており、賽銭箱がおかれている場所だ。多くの人が
神社といって思い浮かべるものではないだろうか。
ちなみに観文寺の場合、拝殿は決して大きな作りではない。


「こちらですよ。足元に気をつけてくださいね」
「はい」
時折掛かる尼僧の声に、あたしは思い出したように返事をしました。
彼女は拝殿の横を迂回すると、その先の本殿へと歩みを進めていきます。

彼女の説明によると、本殿は一般に社(やしろ)と呼ばれる場所で、この本殿
こそが、神がいるとされる神聖な場所なのだそうです。
本来本殿は人が入ることを装丁していないため、拝殿より作りが小さいことが
多いそうで、ここもその例に漏れず、拝殿よりも小さな本殿でした。
神社は、本殿・拝殿・幣殿(へいでん)という形が中心だそうで、一番手前に
拝殿。その奥に本殿。拝殿と本殿の中間に幣殿があり、幣殿とは祭儀などを執
り行い、拝殿と本殿を繋ぐような構造になっているそうです。
しかしこの観文寺の場合は、この幣殿は独立しており、その場所も本殿よりも
更に奥に造られているのでした。
「さぁ、もう少しですから……」
妙な胸騒ぎを憶え、あたしはちょっと立ち止まりました。振り返るとさっきの
鳥居はもう見えません。それがいっそう不安を募らせます。
その間に彼女との距離が開き、目の前を歩いていた彼女は、もう大分前を静か
に幣殿へと歩いていました。
その後ろ姿は、まるで蝉時雨に自ら濡れにいくようには見えました。

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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土