感悶寺 奥の院
感悶寺『奥の院』
ー淫・蕩・色・欲・痴ー
ー序章ー
小さな駅の改札口を抜けると、古都はまだ夏に包まれていた。
快晴の空には僅かな雲もなく、その日差はアスファルトを容赦なく灼熱の絨毯
へと変えている。
改札口を抜けた美鈴の肌に、無数の針のような日差しが突き刺さった。
あたしは重いバッグを左肩に掛け直し、白い日傘を差すと、駅からほど近い
『観文寺行き』のバス停へと歩きました。
タオルで汗を拭きながら時刻表を見ると、運良くあと三分程でバスが来るよう
です。あたしは日傘の下で、静かにバスを待ちました。
一
美鈴は今年三九歳。来年には四十路の坂を登るコトになる。
この年になれば、戸籍にXが一つくらい付いていても不思議ではない。
美鈴の場合は一つだが、それも原因は自分にあると思っている。
学生時代は女子高から女子大へと進み、その間に男子との交際は全くなかっ
た。それどころか、美鈴の初体験の相手はバレー部の二つ上の先輩、つまり同
性だったのだ。その先輩が今何処で、どうしているかは知らない。
しかし美鈴はそのことを少しも後悔していない。しかしその記憶は、 "綺麗な
青春の思い出" としての一面と、アブノーマルな自分の一面を始めて垣間見た
瞬間でもあった。
それ以来美鈴の興味は女性に向き、やがて男性には軽い嫌悪感さえ抱くように
なっていた。そしてそういった趣向はやがて性癖となって現れ、それが離婚の
原因の一端をになっているのは間違いなかった。
だからもう、美鈴は一生男性と交わることは無いとさえ思っている。
そんな美鈴が、この古都を訪れたのには訳があった。
それは "性欲異常" 、とでもいうのだろうか? 敢えて別の言葉に置き換える
ならば、 "オナニー中毒" というのかもしれない。
とにかく美鈴は、毎日オナニーをしてしまう。せずにはいられないのだ。
しかし彼女は別にそれ自体を異常というのではなく、そんな自分に嫌気が差し
ているにもかかわらず、それが治らない、治せない自分に腹が立ち、そこに異
常さを感じてしまうのだ。
そんなある日、フラリと立ち寄った本屋で、ふと目に止まった雑誌に載ってい
たのが『観文寺』の記事だった。
この寺では、淫・蕩・色・欲・痴・の五大煩悩を払い去る "淫魔退散修行" と
いう修行を行っており、その目的はこの修行は行うことにより、健康で健全な
心身を取り戻し、余計な観念に惑うことなく生きていくというものだ。
しかしただ一つの制約は、この寺は元来の尼寺であり男子禁制を旨としてる。
したがってこの淫魔退散修行も女性専用であり、男性は門をくぐることさえ叶わないのだった。
この記事に興味を持った美鈴は、会社の夏休みを利用してこの寺に行くことを
決めた。そしてこの真夏の古都へとやって来たのだった。
バスに二十分も揺られると、乗っていた乗客あたし1人だけになりました。
景色は新緑の山と空だけになり、舗装道路もいつしか土へと変わっています。
もうすれ違う車も、民家すらも見あたりません。それでもバスは遙か前方の山
へと向かって走っていました。
それから更に二十分。バスは小高い山を二つ越え、山の中腹にある小さな小屋
のあるバス停の前で止まりました。
「お客さん、ここが "観文寺前" ですよ」
親切な運転手さんの声が、車内アナウンスとなってあたしの耳に届きました。
「あっ、すいません……。降ります」
あたしは慌ててバックを肩に掛けると、そのままバスを飛び降りました。
別に慌てる必要など、何処にもないのに……。
外に出ると、日差しの刃がすぐにあたしを切りつけます。しかしここにはアス
ファルトの照り返しがない分、駅前の暑さよりはいくらかましに感じます。
辺りを見回しても、ここから見えるのは深緑の木々ばかりです。
そんな木々の間に、観文寺への案内看板を見つけました。あたしはタオルを片
手に、緑のトンネルのような山道へと分け入っていきました。