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あなたの燃える手で

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怪盗ムーンライト


「円香(まどか)、円香、こっちへいらっしゃい……」
「えぇ、ムーンライト」
「今のあたしはムーンライトじゃないわ。今は音無小夜。ただの女よ」
小夜はダブルベッドの毛布をまくると片側にスペースを作り、円香をそこへと
誘った。
「そうね。ごめんなさい、お姉様……」
円香はその細い体でスルリと毛布の中に潜り込んだ。それは白い肌からか、そ
れとも栗毛色の長い髪からか、フワリと甘い石鹸の香りが立ち昇った。
そして彼女は小夜の隣に頭を並べた。


ムーンライトこと音無小夜。彼女のことを円香はお姉様と呼ぶが、この2人は
実の姉妹ではない。
それは今から10年前、2003年の5月1日。大英博物館で『最初の審判』を盗
み出した小夜は、10月までをそのままロンドンで過ごした。
次の獲物はベルリン美術館の『笛を持つキューピット』だが、当日の2004年
の5月まではまだ数ヶ月ある。
ロンドンを後にした小夜はベルリンに向かう途中、前から行ってみたかった
チェコに立ち寄った。

季節は秋。冷たい石畳の上を刺すような風が吹き抜ける。数枚の赤い落ち葉
が、渦を巻いてすれ違った。
細い路地を抜け広場に出ると、そこには大きなテントが張られていた。それは
サーカスのテントで、ほとんど広場いっぱいの大きさに張られている。
するとそのテントから、突然1人の少女が走り出てきた。
思えばそれが、初めて円香を見た瞬間だった。

上下ジャージ姿の彼女は、背中に小さな袋を括り付け、小夜に向かって走って
来る。だがすぐにテントからドロボーと言う声と共に、数人の男達が走り出て
きたのだ。
片側はテント、反対側は店舗の入った3階建ての石壁だ。
彼女は男達に追われ小夜に向かって走ってきたが、捕まると思ったのか、小夜
の数メートル手前で踵を返すと、男達に向かって走った。
「えっ? な、なに……?」
あっけにとられている小夜を余所に、彼女は石壁から突き出ている店の看板に
向かってジャンプするとそれに掴まり、そのまま体を振って2階の窓へと飛び
上がった。それはオリンピックの体操競技を見るような光景だった。
彼女は壁から突き出ている鉄棒や窓、壁の窪みに足をかけ、あっという間に3
階の屋上へと昇ってしまったのだ。
小夜と男達は、その光景を黙って見ているしかなかった。
そして彼女はそのまま姿を消した。

その夜、小夜はホテルの近くのレストランで食事をしていた。
外はすっかり暗くなり、窓際に座った小夜の姿がガラスに映り込んでいる。
白い皿に載ったラム肉をナイフで切りながら、小夜は昼間の少女のことを思い
出していた。
「なんだったんだろう? あの子。泥棒とか言われてたけど……。でもすごい
身体能力だった。まるでアニメでも見ているような。本当にあんなことの出来
る人間がいるのね」
ラムを飲み込み、赤ワインの入ったグラスを傾けた。
その時、トントンとガラスを叩く音がした。見ればそこに誰かいる。
今の今まで店内の反射に目を奪われ、そこに誰かいるのに気付かなかった。
しかもよく見れば、そこにいるのはあの昼間の少女だったのだ。

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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土