クレオパトラの微笑み
クレオパトラの微笑
プロローグ
2009年、1月2日。PM3:00
正月を帰省先の実家で過ごしたあたしは、この街に戻ってきた。
アパートのドアには、いつもより分厚い新聞がねじ込むように刺さっている。
バッグからキーホルダーを出し鍵を開けると、冷たいドアノブを回した。
玄関、下駄箱、散らかったままの部屋。
白いローテーブルの上には開いたままの赤いノートPC。その横には、去年最後に食べたパスタのホワイトソースが、皿の上ですっかり干からびている。
ため息をつきながらあたしはブーツを脱いだ。
1
寝室のベッドの横には何冊もの週刊誌が積まれ、それをベッドの上から、熊のぬいぐるみが悲しげに見下ろしていた。
そんな中で、インコの「ピーちゃん」だけがあたしを迎えてくれた。
「ごめんねピーちゃん。寂しかった?」
窓に疲れたあたしの顔がうっすらと映っている。
あたしはピーちゃんのエサと水を換えると、エアコンのスイッチを入れた。
今更のように目を覚ましたエアコンが、その風であたしの足もとをくすぐる。
部屋着に着替え、PCのスイッチを入れ、テーブルの上の皿を片付ける。
シラけた起動音があたしの背中越しに聞こえた。
お湯を沸かして淹れたインスタントコーヒーを持って、あたしはPCの前に腰を下ろすと、いつものようにネットを徘徊した。
何処をどう辿ってきたのかわからない。あたしはあるエステサロンのサイトに迷い込んでいた。
それは「クレオパトラ」というエステサロンで、値段は高いが上質なオイルが自慢のようだった。
~女性限定プラン・究極の癒し空間
あなたにもクレオパトラの微笑みを~
お試しコース・・・フェイシャル(¥3.000)
「お試しコース。フェイシャルが3.000円かぁー。たまにはイイかもねぇ~。あれ? ココって会社の近く……? 仕事帰りに行ってみようかなぁ」
あたしはクレオパトラというその店の番号を携帯に入れた。
仕事始めの日、あたしは昼休みに「クレオパトラ」に電話をした。
「はい、クレオパトラです……」
優しい女性の声が、携帯からあたしの耳に滑り込んできた。
場所の確認をすると、方角は駅とは反対。でもそれは、会社の人間に会わずにすみそうな安心感も同時にあった。そのせいか、あたしはそのまま「お試しコース」の予約をした。
会社を出ると駅とは反対に歩く。それだけで新鮮な景色が目の前に広がった。
案内通り一方通行の道を歩いていくと、目的のマンションに辿り着いた。
ヨーロッパ調の外観のそのマンションはまだ新しく、広いエントランスに椰子のような葉を持った大きな植物が植わっている。
あたしはエレベーターに乗ると、最上階である10階のボタンを押した。
教えられた部屋は1010号室。それはエレベーターから一番遠い部屋だった。
人気のない廊下を、あたしはダウンの襟を会わせながら1人歩いた。
ドアの前に立つと息を整え、チャイムを押そうと手を伸ばした。
しかしその時、鍵が開く音と共に静かにドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「あっ、はい。あのう予約した真中……」
「はいっ、真中美帆様でございますね。承ってございます。どうぞ……」
緩くウェーブの掛かったライトブラウンの髪。赤いフレームのメガネ。その奥で愛くるしい蕩けるような瞳があたしを見つめている。
あたしは彼女に促されるまま、部屋の奥へと通された。
室内はエステサロンだけあって、何か甘く優しい香りで満ちている。
いったい何室あるのか、廊下の左右に4つほどのドアがあった。
「こちらでございます。真中様」
小鳥のような声で彼女が言うと、一番手前のドアを開けた。そこには木目の美しいログハウスを思わせるような部屋が広がっていた。
彼女は開けたドアの脇に立って、笑顔であたしを招き入れた。
プロローグ
2009年、1月2日。PM3:00
正月を帰省先の実家で過ごしたあたしは、この街に戻ってきた。
アパートのドアには、いつもより分厚い新聞がねじ込むように刺さっている。
バッグからキーホルダーを出し鍵を開けると、冷たいドアノブを回した。
玄関、下駄箱、散らかったままの部屋。
白いローテーブルの上には開いたままの赤いノートPC。その横には、去年最後に食べたパスタのホワイトソースが、皿の上ですっかり干からびている。
ため息をつきながらあたしはブーツを脱いだ。
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寝室のベッドの横には何冊もの週刊誌が積まれ、それをベッドの上から、熊のぬいぐるみが悲しげに見下ろしていた。
そんな中で、インコの「ピーちゃん」だけがあたしを迎えてくれた。
「ごめんねピーちゃん。寂しかった?」
窓に疲れたあたしの顔がうっすらと映っている。
あたしはピーちゃんのエサと水を換えると、エアコンのスイッチを入れた。
今更のように目を覚ましたエアコンが、その風であたしの足もとをくすぐる。
部屋着に着替え、PCのスイッチを入れ、テーブルの上の皿を片付ける。
シラけた起動音があたしの背中越しに聞こえた。
お湯を沸かして淹れたインスタントコーヒーを持って、あたしはPCの前に腰を下ろすと、いつものようにネットを徘徊した。
何処をどう辿ってきたのかわからない。あたしはあるエステサロンのサイトに迷い込んでいた。
それは「クレオパトラ」というエステサロンで、値段は高いが上質なオイルが自慢のようだった。
~女性限定プラン・究極の癒し空間
あなたにもクレオパトラの微笑みを~
お試しコース・・・フェイシャル(¥3.000)
「お試しコース。フェイシャルが3.000円かぁー。たまにはイイかもねぇ~。あれ? ココって会社の近く……? 仕事帰りに行ってみようかなぁ」
あたしはクレオパトラというその店の番号を携帯に入れた。
仕事始めの日、あたしは昼休みに「クレオパトラ」に電話をした。
「はい、クレオパトラです……」
優しい女性の声が、携帯からあたしの耳に滑り込んできた。
場所の確認をすると、方角は駅とは反対。でもそれは、会社の人間に会わずにすみそうな安心感も同時にあった。そのせいか、あたしはそのまま「お試しコース」の予約をした。
会社を出ると駅とは反対に歩く。それだけで新鮮な景色が目の前に広がった。
案内通り一方通行の道を歩いていくと、目的のマンションに辿り着いた。
ヨーロッパ調の外観のそのマンションはまだ新しく、広いエントランスに椰子のような葉を持った大きな植物が植わっている。
あたしはエレベーターに乗ると、最上階である10階のボタンを押した。
教えられた部屋は1010号室。それはエレベーターから一番遠い部屋だった。
人気のない廊下を、あたしはダウンの襟を会わせながら1人歩いた。
ドアの前に立つと息を整え、チャイムを押そうと手を伸ばした。
しかしその時、鍵が開く音と共に静かにドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「あっ、はい。あのう予約した真中……」
「はいっ、真中美帆様でございますね。承ってございます。どうぞ……」
緩くウェーブの掛かったライトブラウンの髪。赤いフレームのメガネ。その奥で愛くるしい蕩けるような瞳があたしを見つめている。
あたしは彼女に促されるまま、部屋の奥へと通された。
室内はエステサロンだけあって、何か甘く優しい香りで満ちている。
いったい何室あるのか、廊下の左右に4つほどのドアがあった。
「こちらでございます。真中様」
小鳥のような声で彼女が言うと、一番手前のドアを開けた。そこには木目の美しいログハウスを思わせるような部屋が広がっていた。
彼女は開けたドアの脇に立って、笑顔であたしを招き入れた。