マリアのお留守番
マリアのお留守番
PROLOGUE
夢の森駅からバスターミナルを迂回し、幹線道路を渡ったところにある夢の
森商店街を抜けると、その先は住宅外になっている。その住宅街で一際目を
引く大邸宅が、氷見川麗子の邸宅だった。
彼女は世界を股にかけるエステ界の女社長で、今やこの業界の女帝よ呼ばれ
つつある。
彼女は、この大邸宅に『マリア』というメイドと二人で暮らしているが、相
思相愛の二人はもちろん "そういう仲" だ。
この度麗子は、アメリカでスタートさせた新事業の視察へと向かうことにな
り、その出発の日が今日だった。
アメリカへ向かうのは麗子と彼女の片腕、『入沢久留美』の二人だ。
久留美には一人っ子の欄という娘がおり、すでに離婚している久留美は、マ
リアのいるこの家に蘭を預けることになった。
１
麗子の荷物は、白いキャリーケースひとつだった。
麗子が玄関を出ると、キャリーケースを転がすマリアが続き、更にその後ろ
に蘭が続いた。
表にはもうタクシーが待っていて、三人を見ると、運転手がトランクを開け
てから歩み寄った。マリアが白いキャリーケースを渡した。
「蘭ちゃん、一週間マリアと二人きりだけどよろしくね」
「はい、あたしは全然……。麗子さんこそお気をつけて」
「ありがとう……。マリア、あなたもよ。蘭ちゃんと仲良くね」
「はい、大丈夫です一種間くらい。お任せください麗子様」
「ホント？」
「もう麗子様ぁ。大丈夫ですよ。だって蘭ちゃん、この四月まで中学生だっ
たんですから。ねっ、蘭ちゃん」
「はい。この春から高校一年生になりました……」
運転手が車に乗り込み、麗子もドアを開ける。ドアが閉まるとすぐにウイン
ドウが下がった。
「いくらあたしだって、高校生の一人くらい面倒見れますから……。ねっ、
蘭ちゃん。大丈夫だよね」
「あぁっ……、はい」
「あたしが心配なのはあなたよ、マリア。あなたが心配なの」
「あのぅ、麗子さん、あたしも居ますから。ご心配なく」
「そうね、蘭ちゃんがいるものね。それじゃマリアのコト頼むわね」
「はい」
「とにかく麗子様、大船に乗ったつもりで行ってきて下さいませ」
マリアがお臍で両手を組んで "ペコリ" と腰をお辞儀をすると、蘭がマネをし
てお辞儀をした。
すると麗子の笑顔を隠すようにウインドウが上がっていった。
タクシーは滑る様に氷見川邸を後にした。
「ふぅ～、行っちゃったね」
「マリアさん、普段麗子さんにコキ使われてるじゃないですか？」
「どしてぇ？」
「だって……、なんか凄く深いため息つくから」
「まさかぁ……。うっふふっ」
「でも麗子さんがいないと、マリアさんも少しは時間に余裕ができるんじゃ
ないですか？」
「うぅ～ん、まぁねぇ～。って言うかぁ。普段からそれほどバタバタしてる
わけじゃないのよね。元々あたしと麗子様の二人だけだし、食事も一緒にす
るし……」
「そうなんですかぁ」
「うん。食事も二人分、洗濯も二人分、買い物だって基本二人分でしょう」
「あぁ、そっかぁ～」
「そうなの。だからね、蘭ちゃんが思うほど大変じゃ無いかも……」
「なるほどぉ～。それじゃ、アッチの方はぁ？ どんな感じですかぁ？」
「アッチの方？ アッチの方って……？」
「アッチの方はアッチの方ですよぉ」
蘭の瞳が "クルクルっ" と動き、悪戯っ子のようにマリアを見上げた。
「だ・か・ら。麗子さんとの二人きりで、たとえば夜……、のコトです」
「もう、蘭ちゃんったらぁ～」
「だって、そうなんでしょう？ マリアさんと麗子さん。あたしそう言うの
分かっちゃうんですよねぇ」
蘭の瞳が、また "クルクルっ" と動いてマリアを見上げた。
