しろっぷ
~ し ろ っ ぷ ~
PROLOGUE
その電車に乗り長いトンネルを抜けると、鳥の名前のつく駅が三つ続く。
ツグミ町、カワセミ町、セキレイ町。この三つ目のセキレイ町に、この物語の
舞台となる、『雛百合学園女子高等部』がある。
この学園は、トンネルのある山の上にある。山といっても数キロにわたって続く丘のようなもので、砂山のような独立した円錐形のものではない。
このセキレイ町では多くの女子高生が乗降する。
この町と学園の紹介がてら、彼女らの通学路となっている道を歩いてみよう。
『セキレイ町駅』の改札を出ると、まずは線路と直角に交わる商店街を歩くこ
とになる。このセキレイ商店街は、約500メートル程の長さあるが、学生達は
途中で学園への坂道『ため息坂』を登るため、商店街を歩く距離は200メート
ル程になる。このため息坂は結構急な坂道で、長さは100メートル程だ。
坂を登り切ってしまえば、下の商店街と平行に山の峰に沿って走る道、『教会
通り』を歩くことになる。
さてこの教会通りには、その名前の由来にもなっている『リーベンス教会』
や、ゲーリック邸。ガーランドホール。009邸などの西洋館が立ち並ぶ。
それらを横目にしばらく歩くと、雛百合学園女子高等部にたどり着く。
この学園を正門から眺めると、まずグランドが広がる。そこには400メートル
トラックが描かれ、正門入ってすぐ左にテニスコート、グランド右奥には体育
館、そしてグランドの奥に、5階建の校舎が2棟並行して建っている。
校舎内部は物語の進行と共に案内したいと思う。
それではいよいよ、この物語を始めていこう。
1
やわらかな日差しの午後。
中間試験の終わりを告げるチャイムが、春風の五線譜に乗って流れていく。
しかしまだ、夏は遠い。
「ふぅ~、終わったぁ~。終わりましたよ中間試験」
雛百合学園女子高等部2年B組。窓際の後ろから2番目。『鏡 アリス』は、
座ったまま両手を上に伸ばした。伸びをするついでに、首元からセミロングの
黒髪を一気に搔き上げる。すると背中に新たな血流が生まれるような、そんな
感覚を覚えるのだ。
そんなアリスの仕草を真似て、後ろの席の『桜野クララ』も伸びをした。
こちらは栗毛色のロングヘアーを搔き上げる。
「うん。終わった終わった。ようやく終わったよぉ」
後ろから聞こえたクララの声に、アリスは伸ばした両手を下ろすと上半身だけ
で後ろを向いた。
「これで勉強漬けの日々ともしばしの別れ……、だね、クララ」
「またまたぁ~、勉強なんて全然してないくせにぃ~」
そう言いながら、クララは小さなチョコレートを頬張った。
4日間に及ぶ試験が終わり、教室中に次々とおしゃべりの花が咲いていく。
「そんなことないよぉ。こう見えても僕は僕なりに少しは頑張ったんだから」
「少しは……、でしょう? す・こ・し・は」
そしてまたクララはまたチョコレートを頬張る。
「なによぉ~クララぁ。ほらぁ、太るよぉ。そんなチョコばっか食べてぇ」
「だって好きなんだもん」
そしてまた1つ。チョコを口に運んだ。
「僕にも一つ頂戴……」
アリスは手のひらをクララの前に差し出した。
「えぇ~、どうしよかなぁ~?」
「もう、どんだけ自由なのよぉ、クララはぁ」
「その僕って言い方が治ったら、ア・ゲ・ル」
「そんなの無理無理、小さい頃から言ってるんだから。今更治らないよ」
「やっぱねぇ。まっ、あたしは好きだけどね。その言い方……」
クララはチョコを1つアリスの手のひらに乗せた。
「あ・り・が・と……」
「それよりさぁアリス。わかってるよね」
その声はさっきよりもだいぶ小さい。
「うん。わかってる。屋上でしょう。実は僕も楽しみにしてたんだ」
2人は見つめ合うと、ニッコリと微笑みあった。
教室にいた40人の生徒達は、もう半分もいない。
試験最終日の今日は昼前に帰れる。そのため生徒達は皆さっさと学校を後にす
ると、下の商店街へと繰り出していく。
しかしアリスとクララはそんな生徒達を尻目に、屋上への階段を上っていた。
「屋上、きっと誰もいないよ。アリス」
「そうだね。今まで人がいたことないもんね」
「うん」
階段を登りきると、二人は屋上へのドアの前に立った。
「きっと僕たちだけだよ」
アリスはゆっくりとドアを開けた。薄暗い階段に光が差し込み、ドアの向こう
には、ノッペリとしたコンクリートの屋上が広がっている。
思った通りそこには誰もいなかった。
「ほらっ、誰もいない……」
二人はどちらからともなく手をつなぐと、屋上へと足を踏み入れた。