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あなたの燃える手で

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春を画く

 32 最終話
あたしは腰を折り曲げ、真下を覗き込みます。
その瞬間、あたしは後ろから力強く突き飛ばされたのです。


あたしの前には十数人の記者が、その後ろには三脚に乗ったカメラの砲列が
並んでいる。砲列の後ろには、中継用のテレビカメラも数台あった。
絶え間なくフラッシュが焚かれる中、あたしは微笑を絶やさなかった。

「先生、これからはあなたが "十六代目 千手無空" となるワケですが、今の
心境を……」
目の前に並んだ幾つものマイクに向かって、あたしは口を近づけた。
「春画という狭い世界ながらも、それなりの重責を感じております」
「先代とはディテールが違うというコトですが……」
「違うのはディティールだけではありません。全体のタッチ、表現、色使
い、全てが違います」
「それは全くの別物……、というコトですか」
「はい。そう取ってもらって構いません。でも決して先代に負けるとは思っ
ていません」
「あなたにとって先代 "十五代目 千手無空" とはどういった存在ですか」
「 "全てにおいて超えなければならない存在" だと思っています」
「先代とそれを助けに行ったモデルが二人とも、という今回の悲しい事故に
ついては……?」
「はい、どうして警察に通報せずに自分で……。せめてあたしに連絡してく
れればと……。それだけが悔やまれます」
「そうですよねぇ。先生がバルコニーから転落した数日後に、モデルさんも
なんて、典型的な二次災害ですよね」
「はい、でももう二人は戻ってきませんし。とにかく前を向いて頑張ってい
くしかないなと、思っています」
「なるほど、新たな女春画師の誕生ですね……」
「はい、そう言って貰えると嬉しいです。それから、あたしの雅号ですが、
"十六代目 千手無空" ではなく。 "双葉" でお願いします」
「双葉……? 本名ですか」
「はい。先ほども申し上げた通り、あたしの絵は先代とは全くの別物ですか
ら、雅号も、本名の "双葉" を使っていきます」
「それが亡くなった二人への手向けになると……」
「そうですね、手向けになるか分かりませんが、無空先生も、鏡空と名乗っ
ていたあのモデルの人も、許してくれると思います」
それから数十分、記者達の質問は続いた。

記者会見会場からの帰り、あたしはタクシーで夢の森商店街に来た。
そう、全てはあのアマデウスというカフェから始まった。
今、新たな人生の再出発の場として、もう一度あの店の、できれば同じ席に
座ってみたかっった。

アマデウスでは、思い出のあの小さなテーブル席に座ることができた。
あの日と同じ、脚の綺麗な女の子がオーダーを取りに来て、あたしはコーヒ
ーを注文した。
女の子はすぐに湯気の立つコーヒーを運んできた。
「はぁ~い、コーヒーでぇす」
「ありがとう……」
その時、厨房から「響子ちゃん、エビピラフお願い」と、この店のママさん
らしき声が聞こえた。


EPILOGUE 
「あなたが悪いのよ。あなたが強引に千手無空に弟子入りなんてするから。
本当はあたしがするハズだったのに」

絵だって全然負けてないのに、同じ美大でいつも注目を集めるのはあなた。
あたしはいつもあなたの影。あなたはあたしの顔も覚えていなかった。
だからあたしは女の少ない春画の世界に飛び込もう思った。そこならあたし
でも目立てる、注目されると思って……。でもあなたは、そんなあたしの邪
魔をするように弟子入りしてしまった。
もう邪魔されるのはたくさん。あたしの前から消えて無くなれ……。
いつも思ってた。
そんな時、あなたから無空先生殺害計画を聞いた。コレを利用しない手はな
いと思った。コトは驚くほど首尾よく進んだ。

いつまでも歩いていけるのだろうか? 人を二人も殺めて……。
あたしはきっと、この栄光が終わるのを怯えながら生きていくのだ。
光を浴びた影は、何よりもその光が消えるコトが怖いのだ。

そしてあたしの行き着く先は……、地獄。
そこではきっと、春画以上の責めが永遠に続くのだろう。

コーヒーをクルクルとかき回し、クリームが渦になるように垂らしていく。
一瞬綺麗な形を作ってはすぐに消えていく渦を、あたしは見つめていた。


ーENDー



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女が女をじっくりと、生殺しのまま犯していく。その責めに喘ぎ仰け反る体。それは終わり無き苦痛と快楽の序曲。     
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更新日:日・水・土